フランツは2002年にクリーブランドにやってきた。その年、カーネギーにやってきた。そこから彼はほぼ毎年、ニューヨークにやってくる。それから1.2年後、フランツはベートーベンの7番を披露してくれた。当時、カーネギーの3階のステージに一番近い席で様子をうかがっていると、4楽章のアレグロでオケのみなさんは錯乱していた。フランツの求めるテンポ(BPM)は明らかに早かった。誰もが一心不乱で限界を超えて演奏していた。しかし、崩壊しない。フランツはだた、自分が求めるベートーベンを迷いなく彼らに要求していただけだった。内容はめちゃくちゃだったが、その時、私の中にはベートーベンがいた。ベートーベンは目覚めよと呼ぶ声を聞いた人だ。あらゆる慣習や周りのノイズと切り離し、またはもがきながら自分の音楽を貫いた人だ。ベートーベンの音楽は魂の雄たけびだ。ブラームスもそうだが、ベートーベンには迷いがない。ブラームスは寄り道が好きだがベートーベンの音楽はそこに行くぞと決めたら1秒でそこにいる人だ。当時のフランツはまさにベートーベンだった。クリーブランドにやってきた当時2.3年はチャイコフスキーやドビュッシーなど、人気どころを様々取り上げていたが、その錯乱ベートーベンから20年以上、フランツは毎年ニューヨークにやってくる。そのプログラムはプロコフィエフやショスタコービチとベートーベンなど、初めて体験する組み合わせにいつもドキドキしていた。そんなフランツも今シーズン含めあと3年でクリーブランドを去ってしまう。アメリカで一番好きなオケは迷わずクリーブランドだ。シカゴではなく。うまい下手ではない、彼らが何をして私の心を導いてくれるかなのだ。クリーブランドの演奏はベートーベンをとても身近に感じる。それは、フランツが自分を主張しないからだ。オケに通じるまで彼はベートーベンを要求し続けるが、彼は自分を要求しない。見ていると彼はきっかけを作っているに過ぎず、オケが雄たけびを上げるまで我慢強く求め続ける。フランツにその作品や作曲家が乗り移っている。だから時は止まり、たった20分の曲ですら、まるで数年旅をして帰ってきたような状態なる。前回はバルトークだったが、始まってすぐ、自然と席にもたれていた体を起こして、最後までバルトークの世界に心が捕らわれたままだった。
Ideas for Tomorrow | Franz Welser-Möst, Music Director of The Cleveland Orchestra
このインタビューでは、フランツがどんな気持ちで何を大切にクリーブランドと仕事をしてきたかに心を動かされた。彼が一番大切にしてきたことは、ベートーベンの全集を作ることでも、積極的に現代曲に取り組むことでもない。
UE Mahler Interview with Franz
若い。マーラーについて話している。右に小澤先生の絵がかざってありますね。
Brahms - Symphony No. 3 in F major, Op. 90 | The Cleveland Orchestra, Franz Welser-Möst
From the Vienna Musikverein: Johannes Brahms' Symphony No. 3 in F major, Op. 90, played by The Cleveland Orchestra with conductor Franz Welser-Möst.
寄り道が大好きなブラームスの3番をウィーン楽友協会で演奏している。聴いていると突然雄たけびを上げ始める。ブラームスはあっちこっちにいってなかなか解決しないので、ハラハラ感やほのぼのとした気持ちが長く続く。その緊張が溶けたとき、血圧は確実に下がっている。
親愛なるフランツ。誕生日おめでとう。闘病から復帰間もないあなたを、この1月と2月に2つの特別なオーケストラ、あなたのクリーブランドとウィーンで合計5回の公演を満喫しました。一番すごかったのは、シェーンベルクでした。シュトイデのソロに、ミュートをかけたハープやホルン、さまざまが楽器が見事な飾りをまとわせるウィーン世紀末。クリムトの金細工の世界。ウィーンの3日間はあなたの好きなヒンデミットやシェーンベルク、もちろんシュトラウス。そしてマーラーの9番を、この20と数年でこんなにあなたとあなたのオーケストラに心を奪われた年はありませんでした。あなたとあなたのオーケストラがこれからも末永く、音楽ファンを導いてくださいますように。